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一人で飛べるようになりたい方へ
〜クラブメンバーからのアドバイス〜
タンデムも魅力的ですが、スカイダイブ金沢では1人でスカイダイビングを始めたい方を応援します。ここでは、そのようなジャンパーへの道を歩みたいと考えているあなたへ先輩たちからのアドバイスや経験談を書きました。
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| 初タンデムジャンプin鳥羽 |
この満面の笑みの写真は、5年前に私が初めて三重県鳥羽市でタンデムスカイダイビングをさせてもらった時のもので、時速約200kmで落下中です。(もちろん下が自分です☆) 長年の夢だったこともあり、初めてヘリから足を離した瞬間のなんとも言えない
爽快感は今でも忘れられません。
スカイダイビング(略してジャンプ)とは、飛行機など高い所から飛び降りパラシュートを開いて落下するスポーツで、タンデムとは、インストラクターのお腹に自分の背中が引っ付いた状態でジャンプをするものです。
もともと絶叫系が大好きで、4年ほど前にはニュージーランドへ観光がてらバンジージャンプ巡りに行き、134mジャンプや、オークランドの真ん中に聳え立つスカイタワー(日本で言う東京タワー)の192m地点からのタワージャンプなど、1週間の期間に何回も落下し、爆笑の旅になりました。
タンデムの方も年1回ペースで3年行きましたが、そちらは夏季限定のタンデムのみの開催だった為、4年目となる2003年夏には“自分1人で飛べるようになりたい”と強く思い、スカイダイビング
クラブの入部を決めました。
まさか自分がクラブに入部するとはそれまで思いもしなかったので事前に3度もタンデムさせてもらいましたが、これは珍しい事のようです(^^;)
ほとんどのクラブ員は入部前に0か1回・・との事で、「人生に1度だけ」とか「とりあえず体験を」と思われる方はタンデムをされた方がいいかと思いますが、「1人で飛
んでみたい」「ライセンスを取得したい」と思われる方は即クラブに入られる方が早いかと思います。
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| 2004年アメリカツアーにて |
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ところで私は兵庫県姫路市在住ですが、当時関西でジャンプできる所(専門用語でDZ)が無く、金沢DZへ通うことにしました。はたして北陸の地でどんなスカイダイバーの方々に出会えるのか想像もつかず多少不安もありましたが、そんな心配をよそにクラブ員は個性豊かで愉快な方々ばかりで、初参加の日からとても親切に温かく、時には厳しく接してくれます。
年齢的にも、20代後半になってから新しい事を始めるのは勇気がいりましたが、スカイダイビングはやる気さえあれば年齢を問わないスポーツで、クラブ員の年齢層も幅広い
事がわかりました。
始めるまでは『危ないんじゃないか』と周囲の反対もありましたが、安全面でもしっかり指導してもらえるので安心できました。
開催のある週末はいつもより早起きをして大阪や京都、滋賀の関西組と車の乗り合いをして参加しています。三重や愛知方面からの名古屋組もあり、DZまでの距離に不安があっても交通手段には困
りません。行き帰りの車内での会話も、なかなか楽しいものです。
DZは付近に牛や馬がいる緑多い のどかな場所で、そんな中
皆とジャンプしながら共に過ごせる時間をとても貴重に感じ、日常のあらゆるストレスからも解放されるような居心地良さを実感しています。
ヘリはドアが取り外されており秋口になると上空の風が身にしみますが、上昇中にはジャンボ飛行機の窓から見るのとは一味違う景色が楽しめます。
パラシュートを開くまで約1分のフリーフォールの間、今はRWという他のジャンパーとフォーメーションを組む相対運動の練習をしていますが、いつかフリーフライにも挑戦したいです。
楽しみはもうひとつ、開催後の宴会です。皆で飲みながらジャンプや仕事やプライベートについてなど、いろんな方言で会話が飛び交い盛り上がります。
その後、アイスクリーム片手にジャンプのビデオを見ながらワイワイと反省会をしています。
2005年5月には、地元の方のご好意で富山の牧草地(富山DZ)で
も開催され、東に立山連峰、西に富山湾を眺められ、金沢DZに劣らない絶景のDZです。
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ぺリス |
毎年、年末年始にはアメリカツアーもあり、約12,500ft.(約4km弱)からのジャンプも可能です。私は国内(金沢)にてS/L方式でスチューデントオフしたので、22回のジャンプで期間は2ヶ月かかりましたが、毎日ジャンプできる環境のアメリカにてAFF方式でオフする方が短期間で終了できるので、年末年始の日程に余裕のある方はAライセンス取得やスキルアップを目標に、一緒に参加してみませんか。
ジャンプだけでなく、海外で仲間と過ごす年末年始はとても貴重な思い出にもなります。
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富山DZ |
もちろん、富山DZの方も大歓迎です(^_^) 自分の経験から、スチューデント オフするまでに共に学んできた同期とは、学生時代に運動部を共に過ごしてきたような、後で振り返ると生涯の友人を見つけることが出来た期間になりました。 スカイダイビングに少しでも興味を持たれているようでしたら是非一度、牧場の観光がてら、富山DZへ遊びに来てみてください。観るだけでも充分楽しめるスポーツだと思います。
最後になりましたが、入部した時点では何の知識もなかった自分が、現在はBライセンスを取得する事が出来、目標としていた100回ジャンプもクリアしましたが、まだまだ未熟者です。これからも先輩方に色々教わりながら、もっと奥深く勉強していって安全に永く続けていきたいと思います。
西川亜紀子 2005年05月
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私は「一回とにかく飛んでみたい!」と想ってチャレンジしました。
始めはタンデム希望でしたが、一人で飛びたい気持ちが強くなり、私はファーストジャンプコースを申し込みました。 私は8回飛んでいます。今は仲間に合いに兵庫県からDZに行っています。始めるにあたり、いろいろ不安なところがありましたが、飛んでよかったと思っています。
普段でも「飛びたいなと感じる瞬間」が時々あります。“今”分かっているのは、ここで知り合った仲間達と一生繋がっていられるという事です。 得られるものの内容やその大きさ等は人それぞれ違うと思います。私にとってスカイダイビングは、欠けがえのない仲間を得られた大きな宝だと感じています!
お金の価値観も人それぞれだと思います。
恐れて逃すチャンスなら、‘今’をお互い楽しみましょう! きっかけは何だっていい。まずは見学だけでも来てみませんか?貴方の未来の仲間達が待っているかもしれません。
大空で繋がる翼どこまでも☆
中村早七永
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| 爽快!緊張? |
スカイダイビングを始めて5年、スクールでの劣等生が、まだ飛んでいます。 スクールに入って、すぐに初心者が陥りやすいスピンに、見事にハマッてしまいました。
落下しているときです、空中で自然に身体が竹とんぼのように回りだし、どんどん加速がついていきます。どうしても止まりません。ついにはスピンの途中でパニくって、ハイプル(規定高度よりはるかに高いところでパラシュートを開くこと)をしてしまいました。パラシュートが開いてからは、高いところからは、なかなか地上に届きません。万歳している両手がつらくなってきます。結局、倍以上の長い時間をかけて降りてきたことを、いまでもあざやかに記憶しています。スピン、スピンがジャンプのたびに続き、卒業を諦めたことも何度となく。
そんなスピンがいつのまにか止まったのも、先輩たちの励ましとアドバイスのおかげと、感謝感謝です。卒業したときの気持ちはまた格別のものでした。
「飛行機の途中下車」このフレーズは仲間のジャンパーが言っていたのですが、いまでは、私のお気に入りのフレーズになりました。
4000mの上空で、開けはなたれたドアから、まさに下車するように飛び出ていくこのスポーツは、言葉をいくら重ねてもお伝えできない醍醐味を与えてくれます。
使用するヘリコプターに近づいていく時の緊張感はまだまだ沸いてきます。上昇していく飛行機の中でのドキドキもいっこうに消えません。正直なところ魅力は何でしょうね。ドキドキ感と落下していくときの異次元空間、それから、なんといっても世代を超えたジャンパー仲間とのバカ話が、スカイダイビングを続けさせているのでしょうか。
下手なのが幸いして、すこしは上手くなりたいと、遠路はるばるDZに通っているのが本当のところかも。
加藤哲雄 56才
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死を意識しない、日常生活。
平凡で安定している、毎日。
感動に出会わない、暮らし。
夢を見る必要のない、人生。
いつしか、
感受性とともに生きる力が、
消えてなくなってしまうだろう。
もともと、
人は生まれるから喜び、
人が死ぬから哀しむのだ。
想像せよ、そこに感動が生まれる。
想像せよ、それらを感じとるのだ。
2001.7.15. |
僕は、この文章を書いたころ、日本でのスカイダイビングを再開した。
その時点で、海外でライセンスを取ってから三年半のブランクがあり、結局のところ、ほとんど一からやり直すようなかたちになってしまった。
あのときのインストラクターの方々(今では、先輩であり、仲間であり、友人と呼べる間柄だが)には、技術的な指導や、笑顔とともに温かい励ましの言葉をたくさん頂き、今でも感謝の気持ちでいっぱいです。
あれから四年間、僕は北陸のホームドロップゾーンや、年末のアメリカで、飛びまくり、250回ほどまでジャンプ回数を重ね、今では、それなりの自信と、ますますの好奇心をもって、スカイダイビングに臨んでいる。
クラブに在籍する仲間たちに、なぜジャンプを始めたのかと聞いてみた。すると、もともと高いところが好きだったり、遊園地のジェットコースターが好きだったりと、やはりThrill
seekerだという仲間は多い。ところが、一方で、もともと高所恐怖所気味の仲間もいたりする。そういう僕も実はビルの窓際には立てないタイプだった。
今だから分かる話だが、実はスカイダイビングの飛び出す高さはあまりにも高すぎて、“高いところ”というよりは、空そのものという感じがして、高さから沸き起こる恐怖よりも、大空という開けた空間から感じる開放感のほうが感覚として先立ち、僕のような高所恐怖症ぎみの者にも実はスカイダイビングにチャレンジするチャンスはある。仲間たちの話を聞いているうちに面白い共通点に気がついた。
それは、子供のころに自転車で、奇妙な乗り方や遊び方をした事があるという点だ。子供の頃というのは、誰でも好奇心が旺盛なものだが、どうもスカイダイバーになる素質のある人はひと際、その好奇心が強く、そのため大人になっても子供のころからの好奇心を忘れられずにいるようだ。それは、つまり感受性が豊かで、探求心が強く、想像力を併せ持っているということだと思う。
そんな仲間たちに囲まれて、僕は、空では、日常の雑事をたった一分間のジャンプで何もかも吹き飛ばし、心身ともにリセットし、その日一日のジャンプを終えたあとの夕食の集まりでは、いろんな地方から集まる個性豊かな仲間たちと酒を酌み交わし、非常に価値あるスカイダイバー人生を送っている。
そんな僕がジャンプを始めた理由は、今思うと、すこし恥ずかしい。なぜなら、ほかの人がやらないような少し変わったスポーツがしてみたい。スカイダイバーは飛行機から飛び降りても死なないなんて、かっこいい。そんな風に思って、スカイダイビングをはじめたものの、実際には、いろんな職業の人が、いろんな年齢層の方々が、そして、いろんな国の、いろんな人種の人々が、スポーツとして非常にまじめに取り組んでいるからだ。
けれど、スカイダイバーがその精神と肉体を高度にコントロールして、弾丸のごとく大空を駆け抜け、フンワリと地上に降り立つ姿が美しく、かっこいいのは、紛れもない真実だ。だから僕はずっとこのスカイダイバーとしての生き方を続けていきたいと思う。
そして、新しい仲間が空を見上げるとき、少しでも役立つアドバイスが出来ればいいなと思う。あの日の先輩の励ましの言葉や思いを伝うために。
丸本 忠
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スカイダイブ金沢のメンバーは老若男女、いろいろな職業の方が一緒にクラブを盛り上げています。クラブではスカイダイビングを通じて人とのコミュニケーションを大切にすることをモットーにしています。
旅行にバーベキュー、シーズンオフにはスキーやスノボやなど、いろんなイベントを催しており、あなたもすぐになじむことができることでしょう。 |